3104.com

What's 3104.com?

1999年10月に亡くなった阿部真典氏にこの文章を捧げます。

元々、3104.comというサイトは「The Blankey Jet City」「椎名林檎」というアーティストを通じて知り合った「か」(旧「いちご大福」)と立ち上げたサイトである。
私が「か」の文章表現力に惚れ込んで、無理矢理引っ張り込んで始めたのが「3104.com」である。その中では本来Blankey Jet Cityの曲レビューなどが展開される予定だった。

ちょうど、ほぼ同時期に阿部真典という人と「abem.net/7.2sec.co.jp」という2つのサイトを起動した。
彼が「龍声感冒」という村上龍ファンサイトの英語版プロデューサーをやっていたという事が発端となり、始まった話である(その詳細は私の個人サイトに書いているのでそちらを)。
そのサイトでは村上龍氏の短編小説などを英語・フランス語・ドイツ語へ翻訳し、氏のCGと共に掲載していく、という当時としては大変画期的なプロジェクトとして進行していく予定だった。

これらはあくまで個人プロジェクト・・・という程のものではないが、せっかくインターネットという面白いものがあって、いろんな人と知り合うきっかけをインターネットを通して得る事が出来、どうせならそういう人たちと何か楽しい事が出来ないかと思って立ち上げ、参加した。

それから7年が経つ。
ここ数年で日本のインターネット環境は激変した。
ADSLや光を使った「ブロードバンド回線」が普及し、何よりも携帯電話を使ったアクセス環境の整備が飛躍的に進んでいる。

その中でコンテンツも大きく変わりつつある。
やはりここでも携帯電話のコンテンツ充実ぶりは目を見張るものがある。1年前では考えられなかった事が平気で起こり、普通にそれをみんなが使うようになってしまった。
インターネットはマスメディアとして大きく成長し、某巨大掲示板の影響力はあっという間にマスコミを脅かすようになってしまった。企業にとって、その状況は不特定多数の総会屋を相手にしているのに近い状況を生んでしまった。

それと同時にいろいろな人がインターネットを分析し、インターネットについて語ってきた。そしてその未来を予言してきた。
ただ、それらの言葉の多くは私の心を打ち抜く事はなかった。
なぜならインターネットの過去を全く無視し、技術面を完全に無視したものがほとんどで、裏付けが何もないからである。

「インターネットで国境がなくなる」という言葉は過去、ありとあらゆるところで論じられてきた。が、この言葉には説得力が全くなかったのと同時にそのような現象は起きていない。ただ、インターネット上の犯罪は今後益々国際化が進んでいくだろう。
所詮ミサイルにはインターネットも勝てないのであり、 インターネットを使って例えば戦場の状況が即座に伝えられるようになってはいるが、その情報を我々が得るまでにどれだけの人の命が奪われているのだろうか?
情報の伝達方法及び伝達速度が変わろうとも戦場で人の命が奪われている事には変わりない。

インターネットの普及でたくさんの問題が語られるようになってきた。
しかし、その問題の多くは拠り所がないために「インターネット」というよく分からないものに括り付けられているだけのような気がしてならない。
インターネットで声高に叫ばれた「匿名性」についても実際はそんなものはない。技術者から言わせると「システムが意図的に隠さない限り必ず人物の特定は可能」である。

そして、それは人間の本質を大きく変えるほどのものなのだろうか。
実際は「大きく変える」ものではなく「本質を露わにする」ものでしかない。
人を不必要に攻撃的にしたり、不必要に自虐的にする、それは現代人の本質であり、決してインターネットが生み出したものではないように感じる。

インターネットが普及するにつれ、キーワードとなる言葉がある。
いちばん日本人に欠けているであろう「自己責任」という言葉である。
「責任を取る人」が不在であれば、自分の発言には自分で責任を取るしかない。そうでなければインターネットの良心的な部分は間違いなく壊滅するであろうし、一部は既に壊滅している。
そして、自己責任を取らせないこの国ではとうとう法整備が行われようとしている。

今後、我々に必要なのは、法整備などではなく次世代を担う子供たちに正しいインターネット教育および自己責任に関する教育を行う事だろう。ネットワークの基礎知識はもちろん、メールの使い方など、正しく、有意義なインターネットの使い方を教える必要がある。

なぜ今更のようにこのような文章を起こしたのか?というと、私なりに少し考えることがあり、今一度いろいろなことを整理したくてこういう形の文章を掲載した。

まだまだ可能性があるこのインターネットという媒体を使って、綺麗な面、汚い面、いずれも見据えながら、生きている限りは模索を続けていきたい、そう思いつつ、この文章を終わりにしたい。

2005/3 少し暖かくなったある日の夜
2006/1 Rewrite

Yoshiyuki Nakao

〜Introduction〜
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